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15日(月)に修善寺で頼家祭りが行われます

7月15日(月)に修善寺温泉街で修善寺頼家祭りが開催されます

源頼家と十三士を慰霊

 

修善寺 頼家祭り

修善寺 頼家祭り

イベント名 修善寺頼家祭り

開催日 2019年7月15日(月)

開催場所 修善寺温泉街

住 所 静岡県伊豆市修善寺

駐車場 無

 

アクセス

お車でお越しの場合

東名高速道路の沼津IC、新東名高速道路の長泉沼津ICより伊豆縦貫道・伊豆中央道経由で約30分 ※各所有料駐車場利用

公共交通機関でお越しの場合

新幹線の三島駅で乗換、伊豆箱根鉄道で約30分、修善寺駅下車後、バス(1番線「修善寺温泉行」・3番線「虹の郷・戸田行き」)で約7分、修善寺温泉下車後、徒歩で約2分

 

お問い合せ

伊豆市観光協会 修善寺支部 0558-72-2501

 

引用元 伊豆市観光協会修善寺支部

 

 

十三士などと言われてもなかなかピンと来ませんよね。何処の誰だろうと思うでしょう。

ここ修善寺は源頼朝の嫡男、母は北条政子という鎌倉二代将軍にもなった頼家が将軍職から追いやられて幽閉された場所です。
頼家はそのままここ修善寺で暗殺されしまいます。

その6日後に源頼家の家臣が再起を期して謀反を企てますが、挙兵前にみつかって殺されてしまいました。その方たちが十三士ですね。

主人の無念を晴らし再起を図ってとのことですから頼家も歴史書に残っているほど愚昧な将軍ではなかったのではないでしょうか。

鎌倉幕府は源頼朝が絶対的な権力者だったので、その亡き後に熾烈な権力闘争が始まったことは人の歴史を鑑みれば当然のことです。

しかも頼家は18歳の若さで将軍職に就きました。
元々頼朝によって頭を押さえつけられていた古狸たちがそんな若造に温和しく従うはずがありません。
陰謀と策略の中で将軍の地位から引き摺り下ろされたのは間違いないでしょう。

そして頼家の家臣たちの無念も然りです。十三士の行いを観るに頼家は歴史書に観られるような愚かな君主ではなく、少なくとも家臣たちには信頼に足る人物であったといえるでしょう。

ただ引きずり下ろされた時点で駄目な君主である、といわれればそれまでなのですが。

 

そんな彼らの墓は温泉場の南山にある御庵洞と呼ばれる鎌倉初期に北条時政が隠栖した庵室跡とも源頼家庵室跡とも言われる場所に起てられました。

しかし近年の台風で崩壊し、その結果として指月殿の隣に建つ頼家の墓の近くに移転されることになったのです。

そして現在の位置になったのです。
こうして800年の時を超えて十三士は主君である頼家の墓の近くで眠ることになったのです。

こちらのお祭りはそんな彼らの御魂を慰めるイベントです。

また前日には前夜祭も行われるようですね。

 

 

修善寺頼家祭りの駐車場などの基本情報

地図

近隣からのアクセスと駐車場

駐車場などの情報に関しましてはこちらの記事を参考にしてください。

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公式情報

お問い合せ

伊豆市観光協会 修善寺支部 0558-72-2501

外部リンク 伊豆市観光協会修善寺支部

外部リンク チラシ.pdf

 

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